らした。フーッと音を立てて吹くのであった。その動作は、罪のない子供の、屈托のない動作そのものであった。
フーッとまた吹いた。そうして笑った。
と、その時|背後《うしろ》の方で物音がした。お蘭は振り返って見た。頬冠りをした一人の男が、階段の下に、行燈の光を背にして立っていた。
「まあ」
とお蘭は云った。
「それ妾の着物よ。どうするのさ」
男女混浴の湯殿へ、男がはいって来るに不思議はなかったが、その男が、衣裳棚の中へ脱ぎ入れてあったお蘭の着物を抱えていたので、そう云ったのであった。男は着物を棚の中へ返した。
「お湯へはいったらどう」
とお蘭は云った。
「お客様ね、何番さん?」
しかし男は返辞をしないで、暗い頬冠りの中から刺すような眼でお蘭を見詰めた。
「おかしな人ね。……何番さんだったかしら? ……お湯へおはいりなさいよ」
そういうとお蘭は、背中を湯面《ゆおもて》へ浮かせ、蛙泳《かわずおよ》ぎをして湯槽《ゆぶね》の向こう側へ泳いで行き、振り返るとぼんのくぼ[#「ぼんのくぼ」に傍点]を湯槽の縁へかけ、フーッと、唇をとんがらかして湯気を吹き、男と向かい合った。
「おかしな人ね、棒
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