うお思いか」
 と、云ったは、易者《うらない》という触れ込みの男であったが、
「それで安心」
 と口を辷らせたように云い継ぎ、ハッとしたように、急に黙ってしまった。この時深い谷の方から鋭い笛の音が一声聞こえて来た。
「何んだろう」
 と云ったのは、佐五衛門であった。
「季節《しゅん》違いだから鹿笛じゃアなし。……呼笛《よびこ》かな」
 首をかしげ、眉と眉との間へ皺をたたんだ。
 お蘭は立ち上がった。
「どこへ行くんだえ」
「お湯へはいって、それから寝るの」
「こんな晩は早く寝た方がいいなア」
 五人の湯治客も、今の笛の音に不審を起こしたらしく、黙って顔を見合わせ、耳を澄ました。

 お蘭は湯に浸《つ》かりながら空想にふけっていた。
(あたしは男に憎まれたり、大事な男の心を、女を憎むようなひねくれた心になんかしやしない)
 そんなことを空想していた。大事な男というのは、一ヵ月先になると自分の良人《おっと》となるべき、布施屋《ふせや》の息子のことであった。
(進一さんだって、わずかな金――小判一枚のゆきちがい[#「ゆきちがい」に傍点]ぐらいで、人を叩き倒すような兇暴《あら》い性質《たち》の
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