お待ち遊ばしませ。……聴衆は、眠り薬と惚れ薬とを一緒に飲ませられた人のように、首を垂れ耳を澄まし、そしてあの恐ろしいことには、丁度昨夜のあの時のように、人々はいずれも片膝をつき、自分の楽器を顎に埋め、感に堪えた時、時々それをかき鳴らし、聞き惚れていたのでござります。
女子 そして、その銀の竪琴の曲は?
従者 それをお話し致す前に、まだまだお話し致すことが沢山にござります。――で、その魔法使いのような老人が壇上に立って、ものの二十分も銀の竪琴を掻き鳴らしました。それを聞いている中に、人々の眼からは悲しみの涙が熱く流れ、あわれの運命を傷む溜息が、唇から漏れ、肩を震わせて歌の心に同情致しました。そして、その曲を聞いてる人々の眼には、紺青の海の上を、赤き帆を上げて行く幻の舟と、それを追って行く人魚の、艶に美しい肩と乳房と、長き黒髪とが見えていました。(間)銀の竪琴の音に連れて、老人はこのように歌うのでござります。

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幻の美しければ
海の乙女の
あわれ人魚は
舟を追う。
波を分けて舟を追う。
月は青ざめぬ
屍に似たる水の色。
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女子 (驚き)ああ
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