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わだつみなれば燐の火の
屍を守ることもなく、
珊瑚の陰や渦巻の
泡の乱れの片陰に……
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(声も楽器も、不意に途絶ゆ。女子は高殿の柱に取りつき)
女子 若様! そんな悲しい歌はお止《や》め遊ばしな。あの、私は此処におりまする。
公子 (身を階下にかしげ)誰れだ!
女子 私でござります。
公子 誰れだ!
女子 私よ……若様!
公子 (青き燭の火を差し出す、女子はその火をあおぐ)
女子 若様!
公子 (すかし見て)おお貴女は! ……どうして今頃そんなところに……おいでなされます。
女子 あの恐ろしい老人が、私を連れ出したのでござります。銀の竪琴で歌を歌い……。
公子 (せわしく)それが誘惑です。
女子 若様。
公子 その老人とは、紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持った、騎士姿の音楽家ではござりませぬか。
女子 いいえ、白い衣を着た、白髪の老人でござります。桂の冠はかむっておりませぬ。
公子 その老人はどこにいるのです。
女子 (振り返り)あれ、あすこに立っておりまする、月の光をあびて立っておりまする。
公子 (すかし見て)ああ、私にもよく
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