しませぬ。
女子 いえいえ、それは……。
公子 お聞き下さい! 私は屹度、貴女を救ってごらんに入れますぞ!
女子 いえいえ、それは……はい、それはとうてい無駄のことでござります……。私の心は紅いこの薔薇の花から、離れることは出来ませぬ……。暗《やみ》の中にて、罪悪の手に培われた血薔薇の花!(と紅き薔薇に唇をあつ)
公子 (窓外の月を眺め)あの月がひとまず沈み、やがて再び現われる頃、貴女は私の所有《もの》です。
女子 明晩のことでござりまするか。
公子 明晩の今頃は、月桂樹の冠と共に、貴女は私の所有です。ああ明晩私の弾くバイオリンの曲は、死んだ母と、私ばかりが知っている「死に行く人魚」の歌でござります。あの歌には母の思いが篭っています。(間)あの歌を明晩は音楽堂で弾くのでござります。そして競争に打ち勝つのでござります。そして貴女を私の所有とするのでござります。(力強く)私の弾く短ホ調のバイオリンの曲は、あらゆる総ての楽器に打ち勝つでござりましょう。
(奥にて大勢の笑声、諸々の楽器の音……やがて燈火を携えし、以前の使女二人、左の口より入り来り、公子に丁寧に礼をなし、女子に向かい)
使女A
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