。(四方を見)ああ、如何《いか》にも今夜は、あの晩によく似た晩でござります。(梟の啼き声聞こゆ)あれ梟も啼いているではござりませぬか。
女子 (胸に手をあてる)悪い運命を導いて来るような厭な鳥の声でござりますこと。……そして今夜に限って、あのように啼いている。……お母様はそれからどう遊ばしたのでござります。若様。
公子 母の姿が岩の頂上に立ったのを窓越しに見たのが、最後の眺めでござりました。(間)翌日、母の白い屍は、海の面に浮いておりました。あおむき[#「あおむき」に傍点]に水に浮いている様子が人魚そっくりでござりました。(間)鴛鴦の浮くべき海の上に、人魚の屍が浮かんだのでござります。(間)恐ろしい誘惑ではござりませぬか。(間)紫の袍を着た、桂の冠をかむった、銀の竪琴を持った騎士姿の音楽家が誘惑の主でござりますぞ。
女子 私は……そのお話を聞いております中に、何んだか自分の運命が、間近に迫ったように思われて参りました。(入口をすかし見て)私にはあの入口の背後に、騎士姿の音楽家が彳《たたず》んでいるように思われます。あの扉が今にも開いてその人が、光り輝く魔法の瞳で私の眼をひきつけはしない
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