と窓外を見る、月光水の如く窓より差し下る。これより以前、二人の使女は立ち帰りしが女子と公子と語り合うを見て、何か囁き合うて退場)
公子 その悪い運命の呪詛が、母の身の上へ落ちた晩も、(間)ああ今夜のように月光の青い晩でござりました。死んで行く人へ着せる経帷子《きょうかたびら》に螢の光がさしたような、陰気の晩でござりました。ああ丁度今夜のような、(女子は身を震わす。風吹く)母が寝台から不意に立ち上がりました。(間)傍に寝ていたその時八歳の私へ、チラリと横眼をくれたばかりで――それは母が私にくれた最後のなつかしい眺めでござりましたが。母は寝巻姿のままで裏庭へ立ち出でました。ふらふらと歩く姿は、夢遊病患者のようで、やさしい肩から垂れた懸《か》け衣《きぬ》が、空の光で透き通るほど白く見えました。(間)母は裏庭の細道をトボトボと辿るのでござりますが、その時の母の姿は未だに私の眼に残っています。肘まで露骨《あらわ》に出た、象牙細工のような両手を前にさし出して、足をつま立てて、おるのでござります。もすそ[#「もすそ」に傍点]は道の露にぬれて、袖ばりが夜風に払われて、ハタハタと翻ります。母の歩く道には
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