物でござります。
領主 (苦し気に)あの女子のことじゃ。俺が諸国の騎士、音楽家を呼び集める手段として、あの女子を勝利の贈物に致したのだ。幾百人音楽家は集り来るかは知らぬけれど、その人々の中の最後の勝利者には、月桂冠に添えてあの美しい女子の身を、贈物に致すと申しふらしたのだ。若はそれを誠と思い、それで競技に出るのだろう。
従者 それは驚き入ったことでござりますが、ほんとにお殿様は、あの女子を、勝利の贈物として、おつかわしになるのでござりますか。
領主 なんのなんの、ただそのように云いふらして、世間の音楽家を集めたばかりさ。さよう申して集めねば、かんじんの相手が来ないじゃないか。女子の心をひきつけている、憎い誘惑者が来ないじゃないか。
従者 さようなれば、ほんの手段でござりますな。
領主 その手段と知らずに、若は女子を手に入れようと競技の場所へ出ると見える。(両人、無言。最早高殿よりはバイオリンの音聞こえず、夕陽益々美しく音楽堂は光り輝く。やがて、主屋の方にて馬の嘶《いなな》き、騎士の吹く角の笛、また真鍮の喇叭《らっぱ》の音、小太鼓の音と合せて、領主の万歳を呼ぶ声、騒がしく、賑わしく響き来
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