。……早く此処へ帰って下さいなよう。……塔へなぞ、塔へなぞ!
女子 (水門の中にて次第に幽《かすか》に)さようなら!
少年 (泣きつつ)あれ、あんなにお声が幽になった。……まだ舟は流れて行くのか知ら? 流れちゃいけない、流れちゃいけない。……何故お姉様は止めないんだろう。……お姉様よう。しっかりと舟をお止めなさいよう。しっかりと! 立ち上がって、立ち上がって!
女子 (水門の中にて、ただ僅かに聞きとれるばかりの哀音にて)ヨハナーン、……さよう……なら……。
少年 (恐怖と不安とに声おののき。口に手をあて)お姉様よう。あれあれ、もう千里も遠くへ行ってしまったような幽のお声が。……お姉様よう。……帰って、帰って……お姉様よう。……(耳を澄ます。沈黙《サイレンス》!)あれ、もうお返事がない! 声の聞こえないほど遠くへ行《いら》っしゃったの? いえいえ、そんなことはない! きっとまだあの水門の口においでなさるんだ! ……今はいったばかりだもの! ……お姉様よう、……ご返事をして下さいよう、私の声が聞こえないの。(耳を澄ます)ええ、ええ、だまっている! ……ええ、ええ、黙っている! (口に手をあ
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