ると海の遠くの遠くの方に、灰色の帆舟が一艘|辷《すべ》って行くのよ。……空と海とが一重に見える遠くの方へ。……私は心の中で、あのお舟の中にお姉様はいる。……あのお舟でお姉様は私の知らぬお国へ行くんだと思ったの。……そしてもう為方《しかた》がないのよッて思ったの。それでもお姉様、私は三度ほどお姉様を呼んだのですよ。……白い鴎が飛び返って来るばかりで、お姉様のお声は返って来ないのよ。(姉を熟視し)お姉様! あのお舟でお姉様は此処へ来たの。
女子 (厳粛に頷き)ヨハナーンや、それからお前さんは今日までどうして日をくらしていたのです。え。
少年 一人でくらしていたのよ。お姉様の弾いていらっしゃった七弦琴を弾いてね。
女子 どんなお歌を弾いていたの?
少年 私のような年格好の小供の、知っているようなお歌よ。
女子 どんなお歌? ……それを私に弾いて聞かせておくれ。
少年 ええ、ええ。(と躊躇せずに弾き且《か》つ歌う)
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南の国の王様が
レモンの花の夕暮に
銀のお笛を吹いている。
銀のお笛は山越えて
湖《みずうみ》こえて鳴ったれば
レモン林の姫様が
明日《あす》は行きます
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