ー。
少年 (勢いこんで、言葉急に)灰色のお舟よ、灰色のお舟よ、お姉様をこんな所へつれて来た灰色のお舟よ。……あの恐い小さいお舟が私の眼にちらついているの。
女子 (打ち消さんと)ヨハナーンや、それはお前の何かの思い違いですよ。(小声にて)ああ、けれど、小供の神経と云うものは、小供の記憶と云うものは……何んて不思議に……ヨハナーンや、(少年の首を胸に介《かか》え)ヨハナーンや、そんなことは忘れてしまうものですよ。あんなことはね。覚えていても益のない、ほんの妄想と云うものです。……ヨハナーンや……何も何も……。
少年 いいえお姉様、私はどうしても忘れることは出来ないのよ。……あの日にお姉様が始めて私へ、あのお歌を教えて下さったんですもの。……「その日のために」って云う悲しいお歌を。
女子 まあ。
少年 あの日私は大変|此処《ここ》が躍っていたのよ。(と胸に手をあてる)そして、泣きたいような気がしたのよ。泣いたって駄目よっと思うけれど、それでも泣きたいような気がしたの……そしてね、お姉様!
女子 (ヨハナーンを憐れ気に見る)
少年 私はもうちゃんと知っていたのよ。
女子 何を知っていたので
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