。(悲しげに)間もなく別れねばならぬ身なれど……。(ヨハナーンを凝視し)ヨハナーンや、お前さんはそんなにこの姉さまが恋しいのかぇ。
少年 お姉様のことばかりを私はしじゅう思っていたの。……そしてお姉様の歌ったあのお歌を!
女子 「その日のために」と云う歌をかぇ。
少年 お姉様、あのお歌をいま一度歌って下さいな。私はあのお歌を、お姉様のお口から唯一度聞いたばかり故、まだあのお歌の文句をよっく知らないのよ。
女子 ほんに唯一度きり、それもお前さんと別れる日に、唯一度っきり教えた歌だったねぇ。
少年 だから私は、あのお歌の文句を未だ知らないのよ。……けれどもね、節《ふし》だけは知っているのよ。節だけはね。
女子 まあ、節だけは知っているの?
少年 節だけはね。私この七弦琴に合わせて弾《ひ》くことが出来るのよ。けれども文句を知らないから口で歌うことは出来ないのよ。
女子 (考える。――やや長き間)ああ、それも悲しい一つの預言じゃあるまいか。
少年 (心配そうに)お姉様、お姉様、節だけ知っていて文句を知らぬのは大変悪いことですか。ええ何故そんなに心配そうなお顔をするの、お姉様がそんなに心配そうな
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