見る)ああ、私は何も云うまい。まだ三色の糸が残っている。私は三色の糸で機を織ろう。この三色の糸の切れぬ中は、私は此処に居られる身じゃ……。私は何も云わぬことにしよう。(女子再び機を織る。以前よりは悲しき声にて歌う)

[#ここから2字下げ]
白糸の清ければ
乙女心よ、
やがて染む緋や紫や
あるは又罪の恐れの
暗《やみ》に似てか黒き[#「か黒き」に傍点]色の
罪の黒糸
罪の黒糸。

さまざまの色ある糸の
綾を織る人の世の象《さま》
ああ斯《か》くて日を織り月を
年を織り命を織りて、
人生《ひとのよ》を織りて行く梭か。
(その日のために)
[#ここで字下げ終わり]

(歌声やむ時、第二の城門の開く音す。女子耳を澄ます)
女子 第二の城門は瀧のように落ち下る、泉の水で守られている。(やや間近に聞こゆる余韻を追い)その城門も開いたのか? 私の身の上にふりかかっている命の預言が近づいた。(塔をすかし)ああ塔の上の人影は今は水門の上へ下りている。やがてこの室へ忍び入るのだろう。そして私を、あの塔の中へ導いて行くのだろう。(耳を澄まし戸外の音を聞く)誰やらが歩いて来る。足音は小供の足音のように軽く小
前へ 次へ
全154ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング