ておりまする。
領主 俺は元から、あまり肥えてはいなかった、そして色も青かった。(やや悲しげに)それに近頃は…………。
従者 (遮《さえぎ》り)あの女子《おなご》がこの館へ参られてからは、一層お痩せなされたと申しましても間違いではござりますまい。
領主 (顔色を変えず)何を云うのか。
従者 お気に障りましたら御免下さりませ。
領主 別に気にも障らんが、お前はどうも俺を誤解しているようだ。
従者 ハイハイ、ひょっとすると左様かも知れませぬ。いえいえ、屹度左様に違いござりますまい。あれほど御発明であられたお殿様が(と声を落として、昔を追想するが如き姿)十年前のあの日[#「あの日」に傍点]、あの事件[#「あの事件」に傍点]のあったばかりに、からりと様子がお変りなされ、気抜けしたような御心となり、閉じ篭もってばかりおられました。(間)かと思うとまた近頃、あの女子をこの館へ引き入れられてからは、以前と違い、活発にはなられましたが、御家来衆に対しては昔ほどお情けをおかけ下されず、一にも十にもあの女子のためばかりを計られて、お館の乱れるのもおかまいなされぬのでござりますもの、ハイ、発明のお殿様でさえ
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