綾を織る人の一生、
五色《いついろ》の色のさだめは
苧環《おだまき》の繰るにまかせて、
桧の梭《ひ》の飛び交うひまに、
綾を織る罪や誉《ほまれ》や。
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(窓より塔をすかし見て)日は未《ま》だ暮れぬそうな。塔の頂きの影が消えぬ。(また歌う)

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五色《いついろ》の色の機織《はたお》り、
一日を十年《ととせ》に数え
幾日|経《へ》にけん。
[#ここで字下げ終わり]

(機を織る手をとめて)ああ私は此処に幾年居るのだろう。月も日も春も夏も、ただ窓ごしに見るばかり、それにあの黒い塔が、いつも窓の外に立っていて、外を見る私の眼をさえぎって[#「さえぎって」に傍点]いる、鳥が飛んでも雲が歩いても、風に小歌が響いて来ても、木の葉に時雨が降りかかっても、蝶が散る花に囁いても、私はただ窓ごしに見るばかり。それもあの黒い塔が、私の見る眼をさえぎるので、思うがままに見ることが出来ぬ。(間)あの塔の物凄さはどうだろう。唯《ただ》その姿を見ただけでも、血汐が凍ってしまいそうだ。――夜でも昼でもあの塔には湿った影がついている。そのしめった影が昼は塔の頂きにあるが、
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