大勢が、弔いの歌を歌っておりました。はい、弔いの歌を歌っておりました。(間)そして、間もなく高殿へは魂を祭る青き燈火が点ぜられ、葬いの鉦がつきなされたのでござります。(と窓より音楽堂の方を眺め)あれ、ごらん遊ばせ、今音楽堂の表門から海岸へ向けて白き柩を真先に、騎士、音楽家や小供等の列が悲しみ嘆いて出て参ります。あの一列は海岸から小舟に乗ってこの館へ来るのでござります。(一同窓より外を見る)
使女A ああ、ほんとに今度こそ、白い葬式の一列が音楽堂から出て参ります。
使女B 首を垂れて、遅く遅く歩く様子は、何んと云う物あわれな果敢《はかな》い姿ではござりませぬか。
女子 あの真先に小さく見える白い色のかけ[#「かけ」に傍点]衣《ぎぬ》は、柩を包んだ経帷子《きょうかたびら》か?
従者 (耳を澄まし)弔いの鉦を通して、小供等の歌う挽歌の節が……挽歌の節が聞こえます。
(挽歌聞こゆ)
使女A ほんにまあ物あわれな、亡き魂を祭るあの挽歌の節は。……この世の人が聞くに堪えない調《しらべ》でござります……聞くに堪えない節でござります。
使女B 挽歌につれて葬式の列が、浜辺の砂へ立ち並びました。(浜辺に白きものチラチラす)
従者 (急に姿勢を直《ただ》し)私は何時《いつ》までも、此処にこうしておられる体ではござりませぬ。私は直《す》ぐに馳せ戻り、あの葬式のお先導をして、小船を漕がねばなりませぬ。(女子に一礼し)お嬢様、これでごめんをこうむります。――(と急ぎ左の口より退場。女子は従者の退場と共に寝台に仆れ、面に手をあてて泣き、またたちまち起き上がり、窓口に行きて白き柩の一列を眺めやり)
女子 若様! 若様! (寝台へ再び仆れて忍び泣く。二人の使女は途方に暮れ、場内を二度ばかり歩き廻りし後、寝台の女子をいたわらんとし、立ちよりしが、思い返して、たちまち窓口に行きて葬式の列を眺め、頷き合うて正面の出口より浜に向かって馳せ行く。正面の扉《と》はいっぱいに開け放され、月光に浮く紅き罌粟の花畑見ゆ――場内には女子一人となる。三分間静。やがて正面の出口の彼方、罌粟畑の中より、一人の人影立ち現われる。女子それを知らず。その人は、紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持ちし騎士姿の音楽家即ち、Fなる魔法使いとす。Fなる魔法使いは銀の竪琴を鳴らしながら、罌粟畑より出でて場内に入り来る)
(Fなる魔法使い、盗める曲の「死に行く人魚」の歌を歌う)

[#ここから2字下げ]
屍には白き藻草を着せかけん、
瞳の閉じし面には
かぐろき髪の幾筋を
鈴蘭の花をのせて置く、
[#ここで字下げ終わり]

(この歌を歌いながらFなる魔法使いは女子の後背を通り、その正面一間半ほどの所に立ち、女子を熟視す、女子は、「死に行く人魚」の歌を聞き、ふと[#「ふと」に傍点]首を上げてFなる魔法使いをすかし見る)
女子 誰れなの。(と考え、急に声をはずませ)若様ではござりませぬか、その歌を歌うのは若様より他にない。貴郎は若様?
Fなる魔法使い (「死に行く人魚」の歌を歌う)

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声もとどかぬ水底の
水の都の同胞は
行方知れずの人魚を
浮藻の恋になぞらえて
はかなきものと語り合う、
[#ここで字下げ終わり]

女子 (Fなる魔法使いの方に両手を差し出し)若様、若様、ああ貴郎は若様だ!……若様はまだ死にはせぬ。……ね、若様。
Fなる魔法使い (「死に行く人魚」の歌を歌う)

[#ここから2字下げ]
わだつみなれば燐の火の
屍を守ることもなく
珊瑚の陰や渦巻の
泡の乱れの片陰に。
[#ここで字下げ終わり]

女子 (二三歩あゆみ寄る)若様、若様! ほんとに貴下は若様でござりましょう。……その歌をお歌いなさる人は世の中にただ若様お一人きりよ。……若様! 若様!
Fなる魔法使い (銀の竪琴を指し)これを見ろ!
女子 銀の竪琴!
Fなる魔法使い (紫の袍を示し)これを見ろ!
女子 紫の袍よ!
Fなる魔法使い (桂の冠を指し示し)女よ! これを見ろ!
女子 (声を震わせ)ああ、ああ、それは桂の冠!
Fなる魔法使い (無音にて自分の瞳を指す)
女子 (片膝をつき)Fなる魔法使い!
Fなる魔法使い (今度は「暗と血薔薇」の歌を唄う)

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暗がわが身をとりかこむ
裸身なれど恥《はじら》わじ、
抱く男のやわ肌を
燃ゆる瞳にさがさばや。
[#ここで字下げ終わり]

女子 その歌を歌うは誰れなの?
Fなる魔法使い 血薔薇をお前にくれた男だ。(と「暗と血薔薇」の歌を歌う)

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罪が巣くいし血薔薇とて、
恋の生身を刺すとかや、
暗なれば血は見えずして。
[#ここで字下げ終わり]

(口調ある朗吟的の言葉にて)女よ、窓を通して音楽堂を見ろ! 青い燈火が点《つ》
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