作って夜を海上で遊びます。あれごらん遊ばせ、二三羽|羽搏《はばた》きをしたので水煙が銀砂のようにパット空に昇りました。
女子 いえいえ悪い兆です。どうやら死んだ屍を送って行く柩の舟に見えるじゃないか。
使女A あれまたお嬢様は気味の悪いことをおっしゃります。何んであれが葬式の柩でござりましょう。水鳥が連らなって泳いでいるのでござります。
(空にて大鳥の翔《か》くる音)
女子 (空を見上げ)あの恐《こ》わらしい音は?
使女B ダイヤナの五六羽が空を翔けたのでござります。あの鳥が空をかける時は、ほんに星が飛ぶように素早くて、そして嵐のような恐い羽音を立てまする。
女子 空を翔けて何処へ行くのだろうね。
使女A 寒い北の国へ。
女子 (卒然と)その国では沢山の人が死ぬのじゃないかえ。
使女B (Aと顔を見合わせ)お嬢様!
女子 (悲しげに)死んだ人の魂を送りに行くのじゃないのかしら。
使女A もうお嬢様、窓から覘《のぞ》くのはお止め遊ばしませ――何んだか今夜も昨晩のように魔でもさしそうな晩でござります。――早く御寝間へおはいりなされてお眠り遊ばしませ。
女子 (悲しげに)どうして私が眠られるものか。今夜で私の運命が(と言葉を切り)決定《きま》ってしまうのじゃないかえ。
使女B (当惑らしく)それはそうかも知れませぬが……。
女子 私の運命は、今に点ぜられる音楽堂の燈火の色で決せられてしまうのじゃないかえ。
使女A まだまだ間がござりましょう。
女子 間があると云ったとてほんのそれは知れたもの(と音楽堂を眺めやり)、あの頂上の窓へ赤い燈火の点《つ》く時は、沢山の音楽家の中で、誰かが桂の冠を貰うた時――ああそして私の運命が決まった時! (と忍び泣く。二人の使女は顔を合わせて、気の毒の表情。――静。やがて使女は小声にて語り合う)
使女A 音楽堂の内は、今どのようでござりましょう。
使女B 桂の冠と一緒にお嬢様を戴《いただ》こうと、幾百と云う騎士、音楽家が、セロやバイオリンを掻き鳴らし、互いに競い合っているでござりましょう。
使女A 誰が勝つでござりましょう。
使女B 誰が勝つでござりましょう。
使女A ほんに誰がお美しいお嬢様をお貰い遊ばすでござりましょう。
使女B 若様がお弾き遊ばすのは、「死に行く人魚」の歌とか云って、世界中でただ若様一人お知りなされる、悲しい歌だそうでござりますね。
使女A (女子を盗み見)若様がお勝ち遊ばして、お嬢様をお貰い遊ばすなら、どんなに若様はお喜びなさるでござりましょう。
使女B どんなにお嬢様もお安心なさるでござりましょう。
使女A 私は何となく、若様がお嬢様をお貰いなさるのではあるまいかと思われます。
使女B 私もそのように思われます。今にあの音楽堂の窓から赤い燈火が点ぜられ、注進の者が馬に鞭打ってこの館の門前まで駆けつけ、勝利者の名を高々にお呼び上げなさる時。
使女B そのお名は若様のお名らしく思われます。(女子は二人の使女の話を黙って聞き居しが、この時使女に向かい)
女子 若様のお相手をする人は、どんな人だか知っておいでかえ。
使女A 若様と音楽の競争をなさる人でござりますか。
女子 今夜若様と競技をなさる、その相手の人を知っておいでかえ。
使女B (Aと顔を見合わせ)昨夜の大変が起こらぬ前までは。
女子 前までは。
使女A 銀の竪琴を持っていた、白髪の老人が、若様のお相手と決まっていたのでござります。
使女B あの大変が起こって、その白髪の老人の行方が解らなくなりましたので、若様のお相手は、誰れに御変更なされたやら、私共は存じませぬ。
女子 昨夜の大変の起こらない前までは、若様のお相手は、あの白髪の老人だと云うのだね。
使女A 左様でござります。
女子 そんなら今夜の若様のお相手も、あの白髪の老人に相違ない。
使女B 何故でござります。
女子 何故と云うても。
使女A 何故でござります。
使女B あんな騒ぎをひき起こした老人が、今夜あたり、音楽堂へ姿を現わす気づかいはござりますまいに。
女子 そう思うと間違うぞえ。
使女A そんなら、あの老人は今夜の競技に出るのだとお嬢様はお思い遊ばすのでござりますか。
女子 しかも銀の竪琴を持って。
使女B ほんにそう覚しめすのでござりますか。
女子 あの老人は、昨夜唯一度現われて、それっきり姿を隠すような、卑怯な者ではないのだぞえ。
使女A どうしてお嬢様は、それを御存知でいらっしゃります。
女子 (小声にて)Fなる魔法使い、Fなる魔法使い!
使女B どうしてお嬢様はあの老人が、再び現われるとおっしゃるのでござります。
女子 私の呪詛《のろ》われた神経が、そうだと私に教えている故。
使女 呪詛われた神経が?
女子 私の呪詛われた神経が、今夜再びあの老人が音楽堂
前へ 次へ
全39ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング