よびその進歩を期するに外ならず。個人主義を取るものは国家は個人のために存すと主張し、国家主義を取るものは個人は国家のために存すと主張す。二者ともに旧時の迷想を争うに過ぎず。国民論派は個人と国家とを并立してはじめて国家の統一および発育を得るものとなせり。すなわち国民の事情に応じてこの二者の伸縮を決し、理論上の伸縮いずれにあるも国民の事情に適応するかぎりはその実際上の結果はすなわちみな同一なればなり。
   国民論派の対外旨義
 国民論派の内治に係る旨義は大概かくのごとし。今その外政に係る大要を吟味せん。国民論派は第一に世界中各国民の対等権利を識認するものなり。個人に貧富賢愚の差あることは実際上免れがたし、しかれどもその実際上の差等あるにもかかわらず、個人自身よりしては自ら侮りて卑屈の地に立つべからざるなり。該論派はこの自負の感情をもって一国民にも存すべきものとなす。各国民みなその兵力富力に差等あるは事実なり、日本国民は欧州の諸国民に比して貧弱たることを免れず、しかれども一国民として世界に立つの間はこの無形上の差等に驚きて自ら侮ることを得ず。この点において国民論派は内治干渉の嫌いあるものに対ししばしば痛く反対をなしたり。国民論派の主持するところの国民的特立なるものは必ず国民的自負心を要用となす、ゆえに国民的自負心はけっして不正当の感情にあらざるのみならず、これなければ一国民たるものの存在を明らかにするあたわざるなり。しかして世界の文明はこの国民的自負心の競争より起こるものというも不可なかるべし。されば国民論派は日本の比較上貧弱なることを知らざるにあらざれども、この差等を別問題として国際上の対等権利は一日も屈辱すべからずとなし、一旦不幸にして屈辱したるものはこれが回復を一日も忘るべからずとなす。これを要するに他の政論派は欧米諸国民の富強をもってその人種固有の能力に帰し、とうてい東洋人種の企及すべきにあらずと断ずれども、王公将相いずくんぞ種あらんや。国民論派は一国民自身の位地よりして、またその本分よりしてかの自然的優劣論をば痛く排斥するものなり。
   国民論派の発達
 国民論派は実に欧化風潮に反対して起こりたり。しかれどもこの論派はただに欧化風潮を停止することをもって満足するものにあらず。なお進んで日本の社交上および政事上に構成的論旨を有するものなり、されば国民論派は一時の反動的論派にあらずして、将来永遠に大目的を有するところの新論派と言うべし。彼もとより自由の理を識認す。しかれども自由なるものは智識の進歩に応じて存することを信ず。彼もとより平等の義を識認す。しかれども平等なるものは道徳の発育とともに生ずることを信ず。智識は自由の本なり道徳は平等の源なり、自由の理明らかに平等の義立ちて、しかして国民的政治は全きを得。自治の能なきものは人に治められざるを得ず、自営の力なきものは他に制せられざるを得ず、自由は智識の進歩して固有の能力を用ゆるものほど多くこれを有す。貴賤の間に礼譲存し貧富の交に敬愛行なわれ、しかして後にはじめて平等の義、国民一致の実相を見るべし。国民論派はこの点よりして教育の要件たることを信ず。さきに国民論派のはじめて世に現われたるは『日本人』においてし、次にこれを発揚するにあずかりたるものはわが『日本』これなり。当初世人はその言論のすこぶる世の風潮に逆らうのはなはだしきをもって、あるいはこれを攘夷論と罵り、あるいはこれを鎖国説と嘲り、目するに排外的激論の再生をもってしたり。かつ固陋にして単に旧物を慕うの論者は一強援を得たるがごとくに感じ、争い起こりてこれに和し、ついに国粋保存と言える異称は守旧論派の代名詞となるに至れり。これ国民論派の発達を妨げたる一大妨障なりき。吾輩は『近時政論考』を草し終わらんとするに臨み、いささかその大旨を明らかにしてこれが妨障を除かざるべからずと信ず。今この編の終尾において吾輩はふたたび揚言せん、いわく、「君子のその真理を明らかにせんとするや、その説の時に容れられざるを憂えず、その理の世に誤解せらるるを憂う」と。吾輩はとくに国民論派のためにこれを言う。



底本:「日本の名著 37 陸羯南 三宅雪嶺」中公バックス、中央公論社
   1984(昭和59)年8月20日初版発行
底本の親本:「近時政論考」日本新聞社
   1891(明治24)年6月4日発行
入力:tsuru
校正:小林繁雄
2006年9月13日作成
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