とほとんどかのルーソーの『人間不平等原因論』に似たるものあり。またその法原の章にいわく、
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ここに人あり、同類相集まり同気相求め一地に拠りてもって生業す、これを国という、しかして国人みなその幸福を享けんと欲すれば、必ず相利して相害せざるの理によらざるを得ず、これを倫理という、倫理すでに明らかなり、これを文に掲げもって国家の大法を定め、もってこの民の幸福を保つ、これを法憲という。
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法憲を解することかくのごとにして、しかして不正の法、不能の人を説きて以為らく、「その法を犯さざればその身を安んずるあたわず、その人を去らざればその命を保つあたわず、これ人その人にあらず、法その法にあらず」と。なお一歩を進めていわく、
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このゆえに国を治むる必ずその法ありて後にその人あり。必ずその職ありて後にその権あり。その人のあるゆえんのものは何ぞや、民人これを許せばなり。その権あるゆえんのものは何ぞや、民人これを托せばなり。〔中略〕国君自ら貴きあたわず、その貴きゆえんのものは民人これを愛せばなり、それ民人のその君を愛するゆえんのもの豈
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