れどもリベラールの論はなはだしきに過ぐる時は国権はついに衰弱せざるを得ざるに至るべく、国権ついに衰弱すれば国家またけっして立つべからず、フランツといえる人の国家理論に「リベラール党とコムニスト党との論はまったく相表裏すれどもともに謬《あやま》れり、そのゆえはリベラール党は務めて国権を減縮し務めて民権を拡張せんと欲す、ゆえに教育の事、電信の事、郵便の事、その他すべて公衆に係れる事をも悉皆《しっかい》人民に委托してけっして政府をしてこれらの事に関せしめざるを良善となす、しかるにコムニスト党は務めて国権を拡張し務めて民権を減縮して農工商の諸業をも悉皆国家の自ら掌《つかさど》るを良好となす、けだし二党おのおの国権と民権の相分かるるゆえんを知らざればなり云々」と言えり、内養〔政府の仕事〕を軽しとして外刺〔民間の仕事〕を重しとなすのはなはだしきに至るときはついにこのリベラール党の論に帰する恐れなきあたわず。
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国権論派の穏和進歩主義たることは以上の一説をもって概見するに足る。しかれどもこの論派は現在の事弊につきて無感覚なるにあらず、国富論派が日本人民の旧思想ただ虚礼虚儀に
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