雄の将来のためにもそれが一番いいと思ったのです。だが、あなたにはやはり今も半兵衛さんを大事にするような気持があるのでしょうね」
「アイゴ……何も訊かないで下さい」彼女は小さな声で哀れ深く云った。「私の主《す》人ですもの……」
「何も隠しへだてなさることはないと思います。私はかねがね半兵衛さんのこともよく知っているのです」
「あ」と彼女はさすがに驚いて声を呑んだ。彼女は全く沈没したように呻いた。「……でもあの人、妾を自由な身にしてくれました。……そして妾、朝鮮の女です……」しまいはもう咽《むせ》び声になっていた。
彼女は今もやはりこういう奴隷のような感謝の念をたよりにして生きているのだろうか、私は無道な半兵衛のことを思い出してたとえようもない愁然とした気持になった。いつか洲崎の朝鮮料理屋をおどかして連れて帰ったというのは丁度この女である筈だった。卑怯で残忍な半兵衛にしてみれば、この寄るべない朝鮮の女にいかにも目を附けて貰い受けそうな話ではないか。彼女は始めから彼のいけにえとして択《えら》ばれたのに過ぎない。あの怖ろしい薄莫迦の半兵衛に比べればこれは又何といういたいたしい婦であろう。私に
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