きっと彼女は私が朝鮮の苗字をしているので驚いたのに違いないと考えた。
「あ、あ」彼女は指先を小刻みにふるわせながら呻いた。
「春雄……春雄がほんとうに妾のことを……」
「…………」私は答えるに言葉がなかった。
「あは」彼女は感動の余り嗚咽《おえつ》した。「妾の春雄が、ほんとうに……妾を心《すん》配すると……云ったでしょうか……」
 私もほろ苦い気持になった。だがいきおい春雄のことで彼女を慰めねばならなくなった。
「私は毎日春雄君と遊んでいるのです。時にはいろいろ気を落しなさるようなこともあるでしょう。だがまだほんの子供だし、その中にはきっとお母さんとしても自慢の出来るような春雄になると思うのです」私は実際にもそう考えていた。彼に今日の性格を与えたいろいろなものに思いを馳《は》せて、温かい手をさしのべ指導して行くならば、必ずや彼はだんだん深い自分の人間性に目覚めるであろうと信じた。
 だが彼女は答えなかった。息を殺して私の云うことに注意を向けているばかり。私は続けた。
「始めはやはりあなたが春雄を連れて朝鮮へ帰るよりほかはないと考えました」
 彼女はびくっとした。
「あなたのためにも又春
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