づらがおかしいと思って、負傷した瞬間の模様を朝鮮語で訊いてみたが口を噤《つぐ》んで答えないんだよ。ただ倒れたのだと日本語で云うんだ」
「ううん、そうか」私はしどろもどろで云った。「傷は大丈夫かい」
「まあ、大丈夫だよ。だがどうしても顔面に刀傷の痕はつくんだろうね。全く気の毒な程ひどい傷がこめかみの所に出来るんだよ。そうれ、あそこなんだ、……山田さん、お子さんの協会の先生がいらっしゃいましたよ」
 春雄はいなかった。十二畳位の部屋に寝台が五つ程交互に並んでいて、いずれにも病者が沈み込んでいた。その隅の方に彼女が横たわっていた。白い繃帯でぐるぐる巻かれた顔の中に口と鼻の所だけが少しばかり明いてみえる。彼女はじっとしたまま何も答えない。尹医師は回診のために席をはずしてくれた。私は彼女にどういうふうに話しかけたものだろうかと一寸ばかり当惑した。
「どんなにかお痛みのことでしょう。春雄君も随分心配していたようです」とつい言葉のはずみで山田のことをひっぱり出した。「実は私、春雄君の通っている協会の先生だもんだから……私、南《なん》と申します」
 彼女は心なしか少しばかり体を動かしたように思われた。
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