が春雄はすやすやと心よい眠りにおちている。私の網膜には、
「おらあの女房も朝鮮の女だぜ」と云っていた半兵衛の卑屈な笑い顔が幾重にも浮び上って来た。するとそれがいつの間にか今度は春雄の寝姿の上にのりうつってしまった。その時かすかに春雄は呻き声を出したようである。彼は顔をひくひく痙攣させたと思うと、うーうーうなされながら寝返りをうって驚いたように目を瞠った。
「どうしたんだ、夢でもみたのかい」
 私は汗だくになっている彼の首筋をふきながら訊いた。
 彼は再び目をとじると譫言《うわごと》のように呟いた。
「父ちゃんが今度は僕を片附けるんだって」

   四

 私も一晩中うつらうつらとしてとりとめのない夢ばかりみていた。朝、目をさましてみたらもはやそこには春雄はいなかった。私は驚いたように相生病院へ行ってみればいいのだと自分に云った。その日は日曜日で春雄にも学校がない筈である。いつの間にか私はそこの玄関に立って呼鈴を鳴らしていた。丁度よく尹医師が出て来て、私を春雄の母親の病室へ連れて行きながら云った。
「何でも山田貞順という名前になっているよ。朝鮮の人じゃないんだね。言葉の調子や貞順という字
前へ 次へ
全52ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング