くなってくれやがった訳さ」
 彼はじろりと横目で私を見た。折しもさし込んで来た夜明けの月の光にその目は一層凄惨な影を宿していた。
 だが翌朝はけろりとして、いつ自分がそんなことを云ったんだろうというような調子である。やはりいつものように弱い者をいじめ、新入者の弁当は取り上げた。だが私はその晩以来ますます彼のことを不審におもうようになった。それでも彼が警察の中で山田と呼ばれているからには、内地人であるに違いなかった。それでは彼の母が朝鮮人であるかも知れないと考えたが、ついぞ確かめることが出来ずに私は起訴猶予となって出て来たのである。――
 そして私は今ようやく彼のことを思い出したのだった。私は何という迂闊《うかつ》さであろう。苗字の符合からしてもそれ位はとうに感附いていそうなものではないか。最初に山田春雄を見た瞬間から、私の眼の前には半兵衛の映像がかすかながらの光芒をもってちらついていた筈だった。だが私はそれが半兵衛であることに気附くことが出来なかった。或は春雄に対する愛情からして、ひそかにそれが半兵衛であることを私は怖れていたのかも知れない。
「半兵衛」私はもう一度静かに呟いた。
 だ
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