った。みなに恐れられながらも陰では非常に憎まれていた。彼は必要以上に看守の目を恐れているが、そのかわり新入者や弱い者に対してはひどい乱暴をしていた。中でも物凄い権幕で啖呵《たんか》を切ることは、彼の最も得意とする所に属するらしかった。「こちとらはな、これでも江戸八百八町を股にかけて歩いて来た男なんだ。余りふざけるねえ、手前のようなこそ泥とはちと訳が違おうぜ……」
 留置場の様子から見れば、彼の他に相棒と思われるのも都合六七人はいた。彼の啖呵に従うとすれば、彼等は浅草を縄張りとしている高田組で、有名な俳優連を恐喝して大金をせしめたのだった。その中で自分はいかにも最|猛者《もさ》のように云いふらした。だがどうやらその連中の中でも「足らず者」という意味で、半兵衛と呼び捨てにされているらしいのはすぐに分った。私は今だに彼の本名を知らない。その中に私は彼にも馴れて来たし彼の素性もほぼ理解することが出来た。それと共に私の席もだんだん彼に近づいて行った。というのは監房内では古い者程格子扉の傍へ近附くようになるからである。ついに私は半兵衛と向い合って坐るようになり、寝る時は丁度隣り合うようになった。彼
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