わる見守った。
「野郎やりやがったな」彼は如何にも切り口上で出た。「この朝鮮人野郎、おれを見損いやがったな」
 彼は腕をまくし上げた。その時廊下を歩いていた看守が格子窓から覗き込んで、
「山田、坐っておれ!」と呶鳴ったので、それを聞いて私は彼が内地人であることをはじめて知った。
 彼はにたっと歯をむき出して笑うと、大人しく自分の席へもどった。そこで用もなしに上服《うわぎ》をとって外から見えないように壁にかけるとけろりとしていた。弁当の箸を折ってそれを釘のようにさし込んでいた訳である。私は思わず吹き出しそうなのをやっとこらえた。その時に彼のすぐ傍で居眠りをしている鬚《ひげ》もじゃな小男が頭を彼の方へもたせかけたと見るや、いきなり彼は荒くれた拳骨《げんこつ》を男の頭上へごつんと打ち下ろした。そしていかにも凄い権幕でにらみつける。その夕彼は私には弁当を渡さなかった。自分でがつがつかき込んで貪《むさぼ》り食べていた。私にはその瞬間の彼の様子が今にも見えるような気がする。それでいつだったか、春雄が食事をしている所を見てふと半兵衛のことを思い出しそうにさえなった程である。
 彼は一人の卑怯な暴君だ
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