うと急にいーと引張るように泣き出した。
「莫迦だな、泣いたりして」
「違うんだよ。病院へ行きやしないよ。行きやしないよう」
「まあ、いいよ」私の声はかすれていた。「まあいいんだよ」
「うん」
 彼はすぐに安心したように肯いた。そこでぽかぽか暖かそうに蒲団の中に足をのばして首をすぼめて見せた。私にはそれがこよなくいじらしいものに見えた。彼の目はきらめき、口元はにっこりと微笑を浮べたのである。すっかり私に心を許したというものであろう。私は彼の心の世界にもこういう美しいものがひそんでいるに違いないと考えた。本能的な母親に対する愛情にしろ、どうしてこの少年にだけ欠けていると考えていいのだろうか。それはただ歪められたのに過ぎないのだ。私は近所の人々からいためつけられ擯斥《ひんせき》されている一人の同族の婦を想像した。そして内地人の血と朝鮮人の血を享けた一人の少年の中における、調和されない二元的なものの分裂の悲劇を考えた。「父のもの」に対する無条件的な献身と「母のもの」に対する盲目的な背拒、その二つがいつも相剋しているのであろう。殊に身を貧苦の巷に埋めている彼であって見れば、素直に母の愛情の世界へ
前へ 次へ
全52ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング