ひたり込むことをさし止められたのに違いない。彼はおおっぴらに母に抱き附くことが出来ない。だが「母のもの」に対する盲目的な背拒においても、やはり母に対する温かい息吹はひしめいていたのであろう。彼が朝鮮人を見れば殆んど衝動的に大きな声で朝鮮人朝鮮人と云わずにはおれなかった気持を、私はおぼろながらに理解出来ないでもない。だが彼は私を見た最初の瞬間から朝鮮人ではあるまいかと疑いの念を抱きながらも、始終私につきまとっていたではないか。それは確かに私への愛情であろう。「母のもの」に対する無意識ながらの懐かしさであろう。そしてそれは私を通しての母への愛の一つの歪められた表現に違いない。その実彼は母の病院へ訪ねて行くかわりに私の所へやって来たのかも知れないのだ。母を訪ねる気持と何が違うのであろう。こう考えて来ると私はたとえようもない悲しい気持になって、彼のいが栗頭を撫でてやりながら、強いて笑顔をつくり、
「母ちゃんの病院へ行こうかい?」と質ねてみた。
 彼は悲しそうに首を振った。
「どうして?」
 彼は答えなかった。
 だんだん嵐もしずまりかけたのであろう。小雨が時々思い出したように軒をふりたたいてい
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