んです」医療部の戸口でがやがやしていた人々は皆驚いて彼の方へ振り向いた。「あの婦は朝鮮の人です。亭主は内地人の、これはひどい悪党なんだ」それからハンケチで首筋をふこうとしたとたんに、傍の方でうろたえている山田春雄を見附けると、彼は恐ろしい勢で少年の方へ飛びかかった。
「丁度こいつだ。こいつのおやじなんだ」彼は山田の手首をねじ曲げながら恰も犯人でも挙げたように「こいつの、こいつの」と口に泡をふくんで叫ぶのだった。その声はもはや興奮のあまり泣声にかわっていた。
 山田はひどく苦しそうに悲鳴を上げながら、
「違うんだよ、違うよ」と喚いた。「朝鮮人なんか僕の母じゃないよ、違うんだよ、違うんだよ」
 男達が中にはいってようやく二人をひき放した。私は殆んど茫然としていたのである。李君はいきりたって再び襲いかかり山田の背中を勢にまかせて蹴りつけたので、春雄はよろめきながら私の方へ抱きついて来た。そしてわーっと泣き出した。
「僕は朝鮮人でないよ、僕は、朝鮮人でないんだようー、なあ先生」
 私は彼の体をしっかりと抱いてやった。私の目頭には熱いものがじーんとこみ上げて来るのを感じた。あの李のやけのような取
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