いをしながら、下の方からじっと私の顔を見上げた。殊更に目が白かった。子供達は私の廻りを囲んでつばを呑んでいる。彼の目にはふと一粒の涙がにじみ出したように見えた。だが彼はしずかに涙をおしこらえたような声で叫んだのである。
「朝鮮人の莫迦《ばか》!」
二
元来S協会は帝大学生が中心となっている一つの隣保事業の団体で、そこには托児部や子供部をはじめとして市民教育部、購買組合、無料医療部等もあって、この貧民地帯では親しみ深い存在となっていた。赤ちゃんや、子供のためには勿論、日常の細々した生活にまで、それはもう切りはなされないような緊密な連りをもっていた。そしてここへ通う子供達の母の間には「母の会」もあって、お互いに精神的な交渉や親睦を計るために、彼女たちは月二三度ずつ集まるのだった。だが今までついぞ一度も山田春雄の母は顔を出したことがなかった。自分の子供が夜遅くまでここへ来て遊んでいることを知っていようものなら、たとえ他の母達のように関係大学生達への温かい感謝の念からではないにしろ、時には親として自分の子供に対する心配からでもやって来ようというものではないか。――私はこの異常な子供
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