美術上の婦人
岸田劉生
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)画因《モテイフ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)数年|行衛《ゆくゑ》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)しわ[#「しわ」に傍点]にも
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\な
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婦人は美くしいものである。
だから婦人は画家にとつて何時の時代でもよき画材とされてゐる。古来からの名画の中には婦人を描いたものは甚だ多い、もし古今東西の美術の中から「婦人」を除いたら実に寂寥たるものであらう。実に「女ならでは夜の明けぬ」は只にこの世のみの事ではない。美術の王国は美のみの国だけに一層に婦人を尊しとするのである。
一体、美術、殊に絵画の極は何と云つても人物画につきると云つても過言ではない程、美術にとつて、人物を描くといふ事は面白い又むつかしい事なのである。古来から美術作品の中その美的内容の最も深いところのものはどうも多く人物画に止めを刺す。
これは何故か、人物画といふものは、人が人を描くのであるだけに、美術に於ける「形」以上の世界が広く、又深い。一体人間の顔程、画家にとつていろ/\な美術的感興を興させるものは他にない。人の顔は実に複雑である。そして深い多くの画因《モテイフ》を秘めかくして持つてゐる。画家は人の顔をみて今更に驚く。人の顔は画家の心の中から画家自身すら気づかずにゐたいろ/\の美的要素を引き出し、生かしてくれる。その一つのしわ[#「しわ」に傍点]にも、鼻の不思議な線にも、絶えず変る唇の不思議な線と色の惑はしにも、或は、皮膚の不思議な色つやにもいと小さき毛穴にも、又は、小さきほくろ[#「ほくろ」に傍点]やそこから生えた細いうぶ毛[#「うぶ毛」に傍点]にも、更に又、その眼の力、生きものゝ心の窓である眼の生きた力、まぶたの線、其他様々な、複雑さを以て、人の顔は、画家の前に画家の内なる美を誘ひ出す力を持つてゐる。
彼のオランダの古大家、ヤン・フアン・エツクの描いた様々な男女の肖像画を見るならばこれ等の事はよく分る筈である。
兎も角も、人物画といふものは、描く人にとつても、またその画を観る人にとつても、ともに最も深い芸術的感興の対象であり得るといふ事は大体に於て云ひ得る。勿論、偉れ
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