て食を貪る
声色の慾はすでに絶えたれど食慾のみは尚ほ御しがたき
世を忘れ世に忘らるる老人を君ならなくにたぞ顧みむ
賜ひにし分に過ぎたる御歌よみ恥ぢ入りつつもよろこびてをり
信じがたき人の言の葉信じつつ六十七年われ生きて来し
[#地から1字上げ]七月十四日
ともしびは消えなむとして消えもせずいつのゆふべか限りなるらむ
老いし人の歌こそよけれつくづくとしか思ふ日の多くなりぬる[#地から1字上げ]七月二十六日

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西賀茂太田氏本宅双鶴書院に五泊して
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「命のみ長くて老いゆく程に、世の中騒がしくなりて……恐ろしければ、北山のほとりの西賀茂といふ所ににげいりて 露の身をただかりそめにおかむとて草ひき結ぶ山の下かげ」(蓮月尼)
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われもまたこの山里に露の身をしばしおかなと思ひけるかも
来て見れば庭のたつみに茶室ありこの一間にぞ住まなと思ひぬ
世の中の恐ろしければと蓮月がうつり住みにし西賀茂の里
西賀茂のありあけの朝にたたずみて町に出でゆく牛車見る
有明の空に消えゆくひとときをあさげのけむり立つる家々
さわがしき警戒警報よそにして思
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