ろがある。けだしマルサスの議論は、かりに人間全体が貧乏しなければならぬという事の説明となるとしても、かの同じ人間の仲間にあって、ある者は方丈《ほうじょう》の食饌《しょくせん》をつらね得、ある者は粗茶淡飯にも飽くことあたわざるの現象に至っては、全くこれを説明し得ざるものである。いわんや最近百余年の間において、機械の発明は各方面に行なわれ、その著しきものにあっては、ために財貨生産の力を増加せしこと、実に数千倍数万倍に達しつつある。いかに人口の繁殖力が強ければとて、到底この機械の発明にもとづく生産力の増加に匹敵すべくもない。されば百数十年前人口論の初めて世に公にされし当時ならばともかく、二十世紀の今日にあっては、財貨の生産力が人口の繁殖力に及ぶことあたわざるをもって、貧乏の根源となさんとするがごときは、当たらざるもまた遠しと言わなければならぬ。しからばなんのためにかの多数の貧民はあるか。請う回を改めて余が見るところを述べしめよ。[#地から1字上げ](十月十六日)
七の一
道具の発明によって禽獣《きんじゅう》の域を脱し得た人間が、機械の発明された今日、なお貧苦困窮より脱しあ
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