五十年前英国に生まれた人で、その著『人口論』の第一版は、今から約百二十年前一七九八年に匿名にて公にされたものである。氏の議論はその後『人口論』の版を改むるに従うて少なからず変化されておるから、簡単にその要領を述ぶることは不可能であるが、ここには便宜のためにしばらく初版につきその議論の大意を述べる。氏の意見によれば、色食の二者は人間の二大情欲である。しかしてわれわれ人間は、色欲を満足することによりてその子孫を繁殖し、食物を摂取することによりてその生命を維持しつつあるが、今その生活に必要なる食物の生産増加率は、到底人口の繁殖率に及ばざるものである。されば人間という動物があくまでも盛んに子を産み、しかもその人間を育てるにはどうしても食物が必要だという以上、さまざまの罪悪や、貧乏のために難儀するのは、われわれの力でいかんともすることのできぬ人間生まれながらの宿命だというのである。
 さてこの人口論がもし真理であるならば、貧乏根治を志願の一としてこの世に存命《ながら》えおるこの物語の著者のごときは、書を焼き筆を折って志を当世に絶つのほかはないが、幸いにして私の見るところはマルサスとやや異なるとこ
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