゚に千金を投じて帯を買うというがごときは、無論|当然《とうぜん》のことと考えられているのであって、その事のために自分らは飢えている貧乏人の子供の口からその食物を奪っているなどいうことは、彼らの全く夢想だもせぬところであろう。おそらく彼らも普通人と等しく、また普通人以上に人情にあつい善人であろう。そうして自分の娘の衣装のために千金を費やすというがごときは、自分の身分に応じ無論当然のことで、自分らがそういう事に金を使えばこそ始めて世間の商人や職人に仕事もありもうけもあって、彼らはそのおかげでようやくその生計をささえつつある、というくらいに考えているのが普通であろう。しかしながらこれは全く誤解であるのである。そうしてこの誤解のためにどれだけ世間の貧乏人が迷惑しているかわからぬのである。
なぜというに、今日一方にはいろいろなぜいたく品が盛んに作り出されているに、他方には生活必要品の生産高がはなはだしく不足していて、それがために多数の人間は肉体の健康を維持して行くだけの物さえ手に入れ難いということになっているのは、すでに中編にて述べたるごとく、ひっきょう余裕のある人々がいろいろな奢侈《しゃし》
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