ーし一二の抄録によって、その個人主義のほぼいかなるものなるかを推知せらるるであろう。
 思うに個人主義、放任主義の広く人心を支配すること久し。しかれども、今や『国富論』の公刊をさることまさに百四十年、たまたま世界|未曾有《みぞう》の大乱起これるを一期として、諸国の経済組織はまさにその面目を一変せんとしつつある。
 これそもそも何がゆえぞ。吾人《ごじん》にしてもし個人主義の理論的欠陥を知るを得ば、おのずから時勢の変のもとづくところを知るを得ん。請う吾人をしてその一斑を説くところあらしめよ。
[#地から1字上げ](十一月三十日)

       九の六

 余ひそかに思うに、アダム・スミスの誤謬《ごびゅう》の第一は、氏自ら「経済学の大目的は一国の富及び力を増加するにあり」(『国富論』キャナン校訂本、巻一、三五一ページ)と言えるによっても明らかなるがごとく、もっぱら富の増加を計ることのみをもってすなわち経済の使命なりとなせし点である。けだし富なるものは元来人生の目的――人が真の人となること――を達するための一手段にほかならざるがゆえに、その必要とせらるる分量にはおのずから一定の限度あるものに
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