をそうたくさん買い込むものではない。もっともそのほかにたくさん貧乏人がいて、これらの貧乏人は皆靴がほしいほしいと言っているけれども、ほしいと言うばかりで、ろくに金を出す力がない。もし靴の値段をうんと下げたなら、これらの貧乏人もみんな買うであろうが、しかしそう値段を下げては割りに合わぬから、それで製造業者の力では最初からたくさんの靴は造らぬのである。かようなわけでせっかく機械が発明されても、そうたくさん機械が据《す》え付けらるるわけでもなく、また機械のため生産力そのものはにわかにふえて来ているのに、生産高はその割合にふやさぬということであるから、そこで職工は次第に解雇されて、失業者の群れに入ることになる。かくのごとくにしてせっかく発明された機械も充分に普及されず、立派な手を備えて働きたいと思っている者も口がなくて働けず、機械も人もともにその生産力をおさえられ、十二分の働きのできぬようにされているのである。
こういったような議論をかつてチオザ・マネー氏がデーリー・ニュースという新聞紙に掲げたところが、氏は読者の一人から次のごとき手紙をもらったことがあるという。(同氏著『富と貧』一三三ペー
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