ン氏の説である*。[#地から1字上げ](十月十三日)
[#「脳髄の大きさの比較」の図(fig18353_07.png)入る。「(実物の二分の一大)」とあるのは底本では「(実物の五分の二大)」]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
* H. F. Osborn. Men of the Old Stone Age, 1916. pp. 82, 83, 86.
[#ここで字下げ終わり]
五の四
同じような話が重出《ちょうしゅつ》するのでおもしろくないが、物語を進めるために、今一つ似寄ったお話をしなければならぬ。それは今よりわずかに五年前、一九一一年に英人ドウソン氏の発見した人間の骨の化石のことである。
ドウソン氏はこれより先数年前、英国サセックス州のビルトダウンの共有地に近い畑で道路を作るために土を掘った時、人間の顱頂骨《ろちょうこつ》の小さな片を発見したことがある。ところが一九一一年の秋、氏は同じ場所から出た発掘物の中より、先に発見した頭蓋骨《ずがいこつ》の他の部分で、額《ひたい》に相当する大きな骨と、鼻から左の目にかけての部分に相当する骨とを発見した。そこでこれは大いに研究の価値があるということをいよいよ確かめたので、一九一二年の春すなわち今から四年前に、人夫を督して大捜索を始めたのである。ところが骨は方々に散ってしまった様子で容易に何ものも発見できなんだ。しかしそれに屈せずなお根《こん》よく捜していたところが、始めて顎《あご》の右半分が見つかり、さらにそこから三尺ばかり隔てた所で後頭骨が見つかったのである。なおその翌年すなわち今から三年前には、フランスの人類学者のテイラー氏が同じ場所を重ねて発掘して、さらに犬歯《いぬば》を一本と鼻の骨とを発見したのである。そんな関係からこの人間の頭の骨もほぼ整ったのであるが、学者の説によると、これは今から十万年ないし三十万年前の人間の骨だということである。
さてこの人間は今日学者が名づけてエアントロプス(曙《あけぼの》の人)といっている者である。そうしてこの人間がはたして今日の人間の直系の祖先であるか、または同じ祖先から出た枝で、すでに子孫の絶滅したものであるかという点になると、学者の説がまだ一致しておらぬそうだが、ともかく前回に述べた『猿の人』に比ぶれば、年代も新しくかつ今日の人間に近い系統のものであるということは、今日何人も疑わぬところである。ところがここに最も興味あることは、この「曙の人」になると、たしかに道具を造っていたと言い得らるるという事である。現に先に述べた頭蓋骨《ずがいこつ》の出たその地層からただ一つだけ燧石《プリント》が発見されたが、おもしろいことには、その石器は自然のままの物ではなくて、確かに造られたものである。しかし細工は片面に施してあるだけで、製造された石器の中では最も幼稚なものだということである。(オスボーン前掲書一三五ページ)。
さてだいぶ余談にわたったようだが、私がここに五十万年前ないし三十万年前の猿《さる》とも人ともわかりかねるような人間の話をして来たのは、諸君に次の事実を承認してもらうためである。それは今日いうところの人間なるものと、道具を造るということとは、きわめて密接な関係をもっているということである。前に述べたごとく、五十万年前の猿の人と称せらるる者は、はたして道具を造っていたかどうか、それには確かな証拠はないのである。ところがそれよりもはるかに今日の人間に近い三十万年ないし十万年前の曙の人と称せらるる者になると、これは確かに道具を造っているのである。しかしそれと同時に、その道具というのは、製造された道具の中では最も幼稚なもので、すなわち『曙の人』の造った道具は、やはり「曙の道具」とでもいうような物なのである。
[#『曙の人』と『猿の人』の模型の写真(fig18353_08.png)入る]
[#左図の解説文、底本では横組み]
左図はマグレゴア氏の製作に成る『曙の人』の模型にして英国サセツクス州にてその遺骨を発見されし約十万年ないし三十万年前の人の面影である。
[#左図の解説文終わり]
[#右図の解説文、底本では横組み]
右図はおなじくマグレゴア氏の製作になる『猿の人』の模型にして,本文中に記載しおけるがごとく,ジャバにてその遺骨を発見されし約五十万年前の人の面影である。
[#右図の解説文終わり]
私はこれより以上道具の歴史を述べることを控えておくが、要するにわれわれが人間進化の歴史を顧みると、人間というものは人間らしくなるほど、それにつれて次第に道具らしい道具を作ることになって来ているのである。そうして人間の経済が、今日他の動物社会の経済と比較すべからざる程度の発達をなすに至ったのも、ひっきょうはこの道具のたまものにほ
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