》ができているのである。蟻の幼虫はこのへやに連れられて来ていて他の蟻が菌を切ってはそれを食べさしている。この幼虫を養育することは小さい方の職蟻《しょくぎ》の仕事であるが、大きい方の職蟻は菌の床《とこ》を造ることをセッセとやっている。すなわち青い木の葉がへやの内に運ばれて来ると、それをすぐ小さな片に切り、一々それをなめてはそうじしながら、小さな団子に丸め、それをだんだん積んで行くのである。そうしてそれが室内の温気と湿気とで蒸されて、だんだん菌がそれにはえるようになるのである。もしそれが新しい床であったならば、古い床から菌の種子《たね》を持って来て、それを新しい床に植え付けるのだということである。そうしてもし人間がその床を切り取って巣の外に持ち出し、適当な場所に置いておくならば、直径六インチぐらいの大きな菌ができるが、蟻はそんなに大きな菌は好まぬので、小さなつぼみができるとすぐにそれを切り取って大きくはせぬということである。(一九一五年出版、ステップ氏『昆虫生活《こんちゅうせいかつ》の驚異』二八ページ以下による*)。
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* Edward Step, Marvels of Insect Life, 1915. pp. 28−−34.
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さて葉切り蟻が菌《きのこ》を栽培せる様子はだいたい上述のごとくであるが、これはよく考えてみると、実に驚くべきことである。何ゆえというに、この蟻のすんでいる地方には、天然の菌がたくさんにできるのだけれども、ただそれには一定の季節がありまた気候や湿気の具合でその供給に変動がある。そこで年じゅう一定の菌を食べようと思えば、暗い場所へ菌の床《とこ》を作って温度を加減して行かねばならぬので、現に今日われわれ人間が菌の人工培養をするのは、つまりそういう方法によってやっているのであるが、この葉切り蟻は人間よりも先にそういうことを発明しているのである。ことに彼らが切り取って来る木の葉そのものは、全く彼らの食料とはしないものである。そういうようなさしあたって役に立たぬ物を一たん取って来て、しかる後その目的とするところの食物を作り出すなどということは、経済学者のいわゆる迂回的《うかいてき》生産に属するもので、いかにも彼らの知識は高度の進歩を遂げているものと見なければならぬのである。[#地から1
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