フごとく盛んなることあたわざりしものである。その第二の理由は、一般にフランス人は保守的なりということである。かかる事情にもとづき、同国の資本は主としてスペイン、ベルギー等の隣国に放下され、世界の資本市場においては到底有力なる英国の競争者となり得ざりしものである。されば久しき間世界の資本市場はほとんど英国の独占に帰していたのである。しかるに近時ドイツはにわかに産業上の大進歩を遂げ、まもなく資本輸出の時代に入りしのみならず、ことに今世紀に入るに及びては、年を追うてますます大規模の資本輸出を試むることとなり、これがため従来ほとんど英国の一手に帰属せし世界の資本市場は、ここに有力なる競争者を加え、英国の利益は日に月にますます脅迫せらるることとなった。かくのごとくにして英独両国の葛藤《かっとう》は結びて久しく解けず、ついに発して今次の大戦となるに至りしものである。
 以上はしばらくセリグマン教授の解釈に従ったものであるが(同氏著『現戦争の経済的説明*』による)、私が今この事をここに引き合いに出したのは、これらの諸国が資本輸出の競争のために幾百万の生民の血を流さなければならぬという事が、ある意味においていかにも不思議であるからである。
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* Seligman, The Economic Interpretation of the War, 1915.
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 今英国人にとっては縁もなき異国人たる私が、改めて彼らのために説くまでもなく、たとえば『エコノミスト』主筆ウィザース氏がその近業『貧乏とむだ*』の中に詳論せるがごとく、今日英国の本土内においても起こすべき仕事がなおたくさんにあるのである。私はこの物語の上編において、いかに英国民の大多数が貧乏線以下に沈落して衣食なお給せざるの惨状にあるかを述べたが、これら人々の生活必要品を供給するだけでもすでに相当な仕事が残っていると言わなければならぬ。さるにもかかわらず、最も資本に豊富な世界一の富国たる英国において、それらの仕事が皆放棄されたままになっているのは、それら貧乏人の要求に応ずべき事業に放資するよりも、海外未開地の新事業に放資する方がもうけが多いからである。かくて世界一の富国たる英国は同時に世界一の貧乏人国として残りつつ、しかも資本の輸出の競争のために国運を賭《と》して
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