N朧《もうろう》として始めて這個《しゃこ》の消息を瞥見《べっけん》し得たるに似るがゆえに、すなわちこの物語に筆を執りいささか所懐の一端を伸ぶ。しかりといえども、この編もし過《あやま》りて専門学者の眼《まなこ》に触るることあらば、おそらく荒唐無稽《こうとうむけい》のそしりを免れざらんか。[#地から1字上げ](十二月二十五日)

       十三の三

 ありがたい事には、この物語も今日《こんにち》で無事に終わりを告げうることとなった。私は最後の一節に筆を執るに臨み、まず本紙(大阪朝日新聞)の編者が、休み休み書いたこの一学究の随筆のために、長く貴重なる紙面をさき与えられしことを深く感謝する。
 さて私は最後に世界の平和について一言するであろう。思うに欧州の天地は今や大乱爆発して修羅《しゅら》のちまたと化しつつあるが、何人もこの大戦の真の当局者が英独二国なることを疑う者はあるまい。しからばなんのためのこの両国の葛藤《かっとう》ぞというに、ひっきょうは経済上における利害の衝突、これが両国不和の根本的原因である。
 今私はその利害の衝突についてくわしく説明する余暇をもたぬけれども、要するに英独両国はすでに製品輸出の競争時代を経て資本輸出の競争時代に入りしこと、これがそもそも不和の根元である。
 けだし一国の産業がある程度以上の発達をなす時は、商工業上の利潤が次第に集積されて資本が豊富になるために、これを国内の事業に投ずるよりも、むしろその余分の資本はこれを海外の未開国に放下する方、はるかに高率の利益をあげうることとなる。かくて貨物の輸出と同時に資本の輸出が経済上きわめて重大な問題になって来るのである。しかしてかの英国は今より五六十年前早くもかかる時代に到達せしもので、爾来《じらい》英国は南北両アメリカを始めとし、その他世界の諸地方に向かって盛んにその資本を輸出せしもので、現にその資本の利子のため毎年巨額の輸入超過を見つつありし事情は、人のよく知るところである。
 英国に次いで資本輸出の時代に入りしものは仏国であった。しかしながら、仏国は次に述ぶるがごとき二個の理由によって、資本の輸出に関してはさして有力なる英国の競争者となり得ざりしものである。その第一理由は、同国における人口増加の停止である。これがため人口一人当たりの富は無論増加せしも、全国における資本増殖の速度は到底英国
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