の一)
  路傍曲(三首中之第一)
冷飯雜沙礫  短褐蒙霜露
黄葉滿山郵  行人跨驢去
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冷《つ》めたき飯《めし》に砂さへまじり
ゆふべゆふべの草枕
かたしく袖も短くて
置く露霜《つゆじも》に得も堪《あ》へず
風に吹かるる黄葉《もみぢば》は
山の宿場《シユクバ》をうづめたり
道ゆく人は驢に乗りて過ぐ

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乞食の歌へる(その二)
  路傍曲(三首中之第二)
大道南北出  車輪無停日
彼豈皆奇才  我獨飢至夕
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都大路のやちまたに
ゆきかふや車馬のかずかず
人みな秀才《スサイ》と思はねど
われ独り飢えてけふも暮れぬる
[#地から2字上げ](作者時に七十一歳)

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はるさめ
  春雨
擁被聽春雨  殘燈一點青
吾兒歸漸近  何處宿長亭
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ころもかきよせ春の雨きく
よふけてほそるともしび青し
あこ帰りつく日も近づけり
長き旅路を
こよひいづこの宿にいぬらむ
[#地から2字上げ](この年、放翁七十七、子布蜀中より帰る)

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興のまにまに
  物外雜題(八首中之一)
飼驢留野店  買藥入山城
興盡飄然去  無人識姓名
[#ここから2字下げ]
のりたる驢馬に粟|食《は》まさんと
しばしを村の茶店《ちやみせ》にいこひ
薬求めてまた町に入る
興のまにまに
風のまにまに
行きかふ人は名も知らず
[#地から2字上げ](作者時に七十七歳)
[#地から2字上げ]昭和十六年八月二十八日清書

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 宿建徳江   孟浩然
移舟泊烟渚  日暮客愁新
野曠天低樹  江清月近人
[#ここから2字下げ]
こよひはここに夢みんと
けぶるなぎさに漕ぎはてて
日も暮れゆけば今更に
旅のあはれを思ふかな
見渡せば野ははろばろと
そらひくく樹にたれ
さざなみひかる江上《カウジヤウ》の
まどかなる月は人に近し

[#ここから4字下げ]
 早行     劉子※[#「羽/軍」、第3水準1−90−33]
村鷄已報晨  曉月漸無色
行人馬上去  殘燈照空驛
[#ここから2字下げ]
にはつとり鳴きてほのぼのと
有明月《ありあけづき》もうすれゆくいなのめ
たびびとは馬にのりて立ち
しづまる宿《シユク》にともしびあはし

[#ここから4字下げ]
 曉霽     司馬光
夢覺繁聲絶  林光透隙來
開門驚烏鳥  餘滴墮蒼苔
[#ここから2字下げ]
ふりしく音の絶えて夢のさむれば
林を縫うて戸のすきまより射し入る朝日
起き出でて窓を開けば烏おどろき
残りのしづく苔に落ちぬ

[#ここから4字下げ]
 西邨     郭祥正
遠近皆僧刹  西村八九家
得魚無賣處  沽酒入蘆花
[#ここから2字下げ]
をちこちはみな蘭若《ランニヤ》
住む村人も八九軒
釣りたる魚の売場なく
酒のみ買うてまた蘆花に入る
[#地から2字上げ]以上、十六年十一月東京にて

[#ここから4字下げ]
 姑蘇懷古     白石道人
夜暗歸雲繞柁牙  江涵星影鷺眠沙
行人悵望蘇臺柳  曾與呉王掃落花
[#ここから2字下げ]
星月夜ねぐら求めてわが船《ふな》べりを雲はただよひ、
江《カウ》は星影《ほしかげ》をひたして鷺《さぎ》はすなごに眠れり。
姑蘇城外に聳え立つうてなの柳望み見て旅人われは涙をながす、
そよ風に柳なびきて散りばふ花の散りのまがひに呉王も見えなく。
[#ここで字下げ終わり]
○白石道人は姜※[#「くさかんむり/(止+頁+巳)/夂」、第3水準1−15−72]の号、姜※[#「くさかんむり/(止+頁+巳)/夂」、第3水準1−15−72]字は堯章、宋人なり。
○史記、呉世家、「呉王夫差、越を破る。越、西施を進め、軍を退けんことを請ふ。呉王之を許す。既に西施を得、甚だ之を寵す。為めに姑蘇台を築く、高さ三百丈、其の上に游宴す」。
[#地から2字上げ]十七、六、二十二日

[#ここから4字下げ]
 聞鐘     高青邱
日暮遠鐘鳴  山窗宿鳥驚
楓橋孤泊處  曾聽到船聲
[#ここから2字下げ]
日暮れて遠寺《とほでら》の鐘ぞ鳴る
窓近き山のねぐらの鳥すらも
こころを動かせり
むかし楓橋に船とめて
ひとり聴きにし鐘の声!

[#ここから4字下げ]
 江上漫成    高青邱
春色到江濱  江花樹樹新
行吟憔悴客  誰道亦逢春
[#ここから2字下げ]
河のほとりに春めぐりきて
河辺の樹々はみな花をつく
詩を吟じつつ行きなづむ
痩せほうけたる旅人も
亦た春に逢へりと誰かいふ
[#ここで字下げ終わり]



底本:「河上肇全集 20」岩波書店
   1982(昭和57)年2月24日発行
底本の親本:「放翁鑑賞 下巻」三一書房
   1949(昭和24)年11月発行
入力:はまなかひとし
校正:
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