正是思家起頭夜
遠鐘孤棹宿楓橋
[#ここで字下げ終わり]
彼もまた鳴らぬ夜半の鐘を聴いたものと思はれる。彼はそれを思ひ起して、後日かういふ詩をも作つた。
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日暮遠鐘鳴
山窗宿鳥驚
楓橋孤泊處
曾聽到船聲
[#地から2字上げ](昭和十七、七、十日記)
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月夜よし僧をたづねて遇はず
觀音院讀壁間蘇在廷
少卿兩小詩次韻
揚鞭暮出錦官城 小院無僧有月明
不信道人心似鐵 隔城猶送擣衣聲
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ゆふまぐれ馬に跨り城をいで
この山寺に来て見れば
月のみありて人はなし
和尚の心も石にはあらね
城をへだてて砧うつ声
風に送られここにも聞こゆ
[#地から2字上げ](作者時に五十一歳、蜀中にての作、原詩の錦官城は成都)
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十五年前夜雨の声
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乾道初、予自臨川歸鍾陵、李徳遠、范周士、送別于西津、是日宿戰平、風雨終夕、今自臨川之高安、復以雨中宿戰平、悵然感懷(二首中之一)
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十五年前宿戰平 長亭風雨夜連明
無端老作天涯客 還聽當時夜雨聲
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十五年前長き旅路の一夜をこの戦平にやどし、夜もすがら風に吹かるる雨を聞きしに、
はしなくも老いて天涯の客となり、こよひまた聴く当年夜雨の声
[#地から2字上げ](作者時に五十六歳)
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花を移して雨を喜ぶ
移花遇小雨、喜甚、
爲賦二十字
獨坐閑無事 燒香賦小詩
可憐清夜雨 及此種花時
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ひとりゐのしづけさにひたり
香をたきて詩を賦す
あはれこの清き夜を
音もなく雨のふるらし
けふ移したる花の寝床に
[#地から2字上げ](作者当時家居す、五十九歳)
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梅花
梅花絶句(十首中之一)
山月縞中庭 幽人酒初醒
不是怯清寒 愁※[#「あしへん+(日/羽)」、第4水準2−89−44]梅花影
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山のはに月いでて庭白く
酒さめて我は家に入りぬ
ややさむを厭ふ身にはあらねども
花咲く梅の影ふむはいかで忍びむ
[#地から2字上げ](作者時に官を辞して家居す、六十七歳)
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題庠闍黎二画(その一)
秋景
秋山痩※[#「山+燐のつくり」、第4水準2−8−66]※[#「山+旬」、第3水準1−47−74] 秋水渺無津
如何草亭上 卻欠倚闌人
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秋の山は痩せてそそり立ち
秋の水は果しなくはろばろ
いかなれば草亭のおばしま
秋をめづる人のなき
[#ここから4字下げ]
題庠闍黎二画(その二)
雪景
溪上望前峯 巉巉千仭玉
渾舍喜翁歸 地爐※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]芋熟
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渓ゆ望めば聳え立つ向ひの峰は
つもりつもりて雪ましろなり
帰り来《こ》しおきな囲みて
よろこぶや家の人々
ゐろりには芋やけてほろほろ
[#ここで字下げ終わり]
前の秋景の図には、人物描きあらざるも、この雪景の方には、蓑を着、雪を冒して、とぼとぼと帰りゆく一人の人物描きありしものと思はる。[#地から2字上げ](作者時に六十七歳)
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春のおとづれ
早春
西村一抹煙 柳弱小桃妍
要識春風處 先生※[#「てへん+主」、第3水準1−84−73]杖前
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たちそめし霞のもとにわれ来れば
西の村柳めぐみて小桃《セウタウ》うるはし
春のありがを知らまくば
わが曳く杖のゆくへこそ
[#ここで字下げ終わり]
小桃については、放翁の随筆集たる老学庵筆記に次の如く書いてある。「欧陽公、梅宛陵、王文恭の集、皆な小桃の詩あり。欧詩に云ふ、「雪裏花開いて人未だ知らず、摘み来り相顧みて共に驚起す。便《すなは》ち須《すべか》らく酒を索めて花前に酔ふべし、初めて見る今年の第一枝」と。初めただ桃花に一種早く開く者あるのみと謂《おも》ひき。成都に遊ぶに及び、始めて識る、謂はゆる小桃なるものは、上元前後即ち花を著け、状は垂糸の海棠の如くなるを」。即ち小桃といふのは、もちろん小さな桃のことではなく、旧暦正月十五日前後、百花に先だちて花をつけ、枝垂れた海棠のやうな状をしてゐる特殊の木の名である。
[#地から2字上げ](作者時に六十九歳)
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四更起き出でて書を読む
四月十三日四更起讀書
七十未捐書 正恐死乃息
起挑窗下燈 度此風雨夕
[#ここから2字下げ]
七十未だ書をすてず
死なばはじめてやみなんか
起きいでてともしかきたて
窓ちかき机にむかひ
この風雨《ふきぶり》の夜《よ》をわたる
[#地から2字上げ](作者時に七十一歳)
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乞食の歌へる(そ
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