こで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]八月六日
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歎菲才
[#ここで字下げ終わり]
半生從筆硯 半生筆硯に従ひ、
贏得楮塵堆 贏ち得たり楮塵の堆。
垂死悲秋客 垂死悲秋の客、
撫骸歎菲才 骸《ほね》を撫《ぶ》して菲才を歎ず。
[#地から1字上げ]十月一日
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未嘗沽
[#ここで字下げ終わり]
半生從筆硯 半生筆硯に従ひ、
空作蠹魚奴 空しく蠹魚の奴と作《な》る。
惟喜書百卷 惟だ喜ぶ書百巻、
一字未嘗沽 一字未だ嘗て沽《う》らず。
[#地から1字上げ]十月一日
[#改丁]
閉戸閑詠 第二集(昭和十七年度)
[#改ページ]
昭和十七年(壬午、一九四二年)
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昨臘家を携へて移り来り、十二年を距てて再び洛中に住む。
法然院にて
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初めてここに詣でしより正に三十有余年を経たり
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来て見れば三十年《みそとせ》あまり経にしかど昔ながらにゆらぐみあかし
三十年をありしながらの姿にてわれを待ちにしこのしづけさよ
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十二年目に見る京都の美しさ、なつかしさは、限りなきものあり
[#ここで字下げ終わり]
知恩院の鐘が鳴るかもなつかしや老いらくの耳にかそけくも聞く
十年あまり放浪の旅ゆかへりて眺むればうつくしきかな叡山の色[#地から1字上げ]一月四日
[#ここから4字下げ]
今はすでに世に用なき敗残の小儒なれども尚ほ時に我を顧る故旧あるを喜びて歌へる
[#ここで字下げ終わり]
世を忘れ世に忘らるる我なれば尋ねて来ます友をうれしむ
世を忘れ世に忘らるる身にしあれば甲斐なき友は自然《じねん》に去《さ》りぬ
[#ここから4字下げ]
十数年ぶりに会ひたる竹田博士、老大家の風格に一段の温厚さを加へられ、真に故旧に会ひたる感を起さしむ
[#ここで字下げ終わり]
放浪の旅ゆかへりて相見ればふるさとに似し君がおもかげ[#地から1字上げ]一月十二日
[#ここから2字下げ]
庚午正月三日、余携家移東京、當時心竊不期
生還、及今十有二年矣、頃日賃得一屋、復還
京洛、日夕毎對舊山河、感慨不少、乃賦一絶
[#ここで字下げ終わり]
當時竊慕古人蹤 当時窃に古人の蹤を慕ひ、
挺一身忘萬戸封 一身を挺して万戸の封を忘る。
豈圖十有餘年後 豈に図らむや十有余年の後、
老眼重對比叡峰 老眼重ねて対す比叡の峰。
[#地から1字上げ]二月四日
[#ここから2字下げ]
正月念七日、欲見青龍老師、訪洛北栖賢禪寺、
僧院闃不見人影、不遇而歸、至後日始知、當
時老師獨坐於深院、仍有此作、寺在上高野水
車町、溪聲頗壯、到處見水車
[#ここで字下げ終わり]
孤※[#「「筑」の「凡」に代えて「おおざと」、第3水準1−89−61]訪僧踏霜行 孤※[#「「筑」の「凡」に代えて「おおざと」、第3水準1−89−61]僧を訪ね霜を踏んで行けば、
空院沈沈草※[#「尸+(彳+喬)」、第4水準2−8−21]横 空院沈沈として草※[#「尸+(彳+喬)」、第4水準2−8−21]横はる。
惟聽青龍長廣舌 惟だ聴く青竜の長広舌、
滿山松籟和溪聲 満山の松籟渓声に和す。
[#ここから4字下げ]
(註)蘇東坡詩、溪聲便是廣長舌、山色豈非清淨身、夜來八萬四千偈、他日如何擧示人
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]二月五日作
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閑居
[#ここから4字下げ]
洛中寒徹骨、蟄居擁爐度嚴冬、但日夕聞得東山之疎鐘、是余最所愛
[#ここで字下げ終わり]
閉門何所樂 門を閉ぢて何の楽む所ぞ、
聊倣古賢蹤 聊か古賢の蹤に倣ふ。
青帙悲遺響 青帙遺響を悲み、
紅爐愛暮鐘 紅炉暮鐘を愛す。
家貧飯味甘 家貧にして飯味甘く、
客少友情濃 客|少《まれ》にして友情濃し。
這裡君知不 這裡君知るやいなや、
久忘萬戸封 久しく忘る万戸の封。
[#地から1字上げ]二月十一日
[#ここから2字下げ]
二月二十日訪洛北遂志軒、清談半日、至
黄昏辭去、連日微雪未已、歸途口占
[#ここで字下げ終わり]
閑客間尋遂志軒 閑客間に尋ぬ遂志軒、
黄塵不到似孤村 黄塵到らず孤村に似たり。
煮茗圍爐微雪夕 茗を煮、炉を囲む、微雪の夕《ゆふべ》、
白頭相對脱乾坤 白頭相対して乾坤を忘[#「忘」に「〔ママ〕」の注記]る。
[#地から1字上げ]二月二十三日定
[#ここから2字下げ]
京洛寒徹骨の詩を見たまひて、須磨伯父上わざわざ真綿入りの股引きを郵送され、今また遠くより木炭を持たせて使を寄越されたれば、痛み入りつつ、礼状のはしに書きつけし一首
[#ここで字下げ終わり]
揀得幽居寄老身 幽居を揀び得て老身を寄す、
門前掃
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