五条阪を登りゆくなり
いくたびかわれここに憩ふなど思ひ忠僕茶屋にあまざけをのむ
むかしわれ父にはべりて詣うでたる清水寺に曼珠沙華咲くも
名に負へる乙羽《おとば》ヶ滝のまづしさにほほゑみたまひし父の面影[#地から1字上げ]十一月三日

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大原に遊ぶ 聯作三十二首
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妻子らと八瀬大原の秋見むと朝晴れのけふ家をつれたつ
ことし春ははと遊びし八瀬にまた秋のなかばを吾子《あこ》につれらる
バスに乗り映画見るがに動きゆく山に見はりて大原に入る
大きなる庭石曳きて京に入る牛にも逢ひつ大原の野路《のぢ》
大原はなべて美し山くまの屋なみ美し柿の実赤く
名も知らぬ大樹《ふとき》黄いろくもみぢして造れるがごと山々に立つ
いかにして君に伝へむ大原の身にしむまでにたたふる秋の気
大原や時雨に逢ひて傘買ひて畑中の路に雨の山見る
しぐれたるあとのおちばの色のはえ踏むを惜みて谿の道ゆく
もみぢ葉は落ちしたまゆら掌《て》にとりて濃染《こぞめ》のさやけ賞づべかりけり
もみぢ葉のこぞめの色の色こきを君に見せなと拾い来りつ
たたなはる山のおくがの雨空に雪かと見ゆる比良の山膚《やまはだ》
まなかひの峰に虹たち入日さし時雨の雲は西より晴れ来《く》
黄にみのり半ばはすでに刈られある稲田のくろを尼かへりくる
いのちありて名のみ聞きゐし大原の寂光院をけふぞ見にこし
のぼりきて院のみぎりにわれ立てばかけひの音のさやに聞こゆる
ひるくらきみ堂のうちを案内《あない》して若き尼僧の声もさやけき
あないせる尼僧のともすらふそくのゆらぐほのほにうかぶ御《おん》像
ひとたびはをさなみかどのおんあとをうみにいりましし建礼門院
思ひ見れば寿永の涙たまなしてなほこの堂ぬちにおちゐたりけむ
荒波のとよむにも似て松風の吹きすさぶ夜の夢の浮橋
深山辺《みやまべ》に豊明《とよのあかり》をいやとほみ人老いにつつ月にみたたす
ここにしてつひのやどりとねむりたる人のいのちはただ詩のごとし
合掌の阿波の局の木像は安徳の御衣《ぎよい》を纏ふと云ふも
石仏《いしぶつ》は三万の小《こ》ほとけむねにいだきもだしつつ立たす今に八百年
赤黄青|三段《みきだ》に染まるかへるでの濃染《こぞめ》の色は見しこともなし
いにしへを見つつ偲《しぬ》べと枯葉ちる池のほとりの石蕗《つはぶき》の花
京になきうまきお萩と門前《もんぜん》
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