いと同様に、汝はまた思想のみを以て銃剣の力に対抗することも出来ない筈だ。」とか云ふやうな言葉もある。思ふに、どこの誰が言つたことにしろ、こんな言葉を活字に附することは、今は何人にも絶対に許されぬであらう。二十余年も以前のことだとは云へ、私はそれを敢てしながら、遂に聊かの咎めをも受けなかつたのである。この頃の人に話したら、恐らく不思議に感ずるであらう。
 つい近頃のことである、京都帝大経済学部の教授石川興二君は、その著書に禍されて休職になつたが、――その著書といふのも、両三年前、著者自ら市場より引上げ且つ絶版に附して居たものである、――元来同君の如きは、盛んに国体主義を振り廻はし、天皇中心の思想を宣伝これ努めて居たのであるのに、偶※[#二の字点、1−2−22]資本主義制を不用意に非難し過ぎたといふ廉を以て、忽ちこの災に遇つた。問題にされた著書の如きも、嘗て発売禁止にもならず、暫くの間無事世上に流布されて居たものであるが、一朝にしてこの災に遇つた筆者は、さぞかし意外とされたであらう。これに比べれば、私などは、ただ「断片」一つを書いただけでも、その当時已に馘首されてゐて然るべきであつたのに、
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