湯治のためには病人も、みな必ずコーカサスへ行かなければならない」と称されてゐる。それは第一に風景絶佳の地だからである。「コーカサス軍道の風光の雄大秀麗は、遍《あまね》く日本内地を周遊した筆者も、その比を求むるに苦しむ」と、正親町季董氏は言つてゐる。第二にそこに様々な人種が住んでをり、しかもそれらの人種が各※[#二の字点、1−2−22]風俗習慣を異にしてゐるからである。なかんづくゴールック人の服装は非常に美しいもので、男子は、羊の毛皮で作つた高い帽子を冠り、裾長の外套を着、その上から銀で飾つた細い帯をしめ、その帯には必ず短剣を挾んでゐる。女にはまた美人が多いので昔から有名である。自然コーカサスの山中には美しいロマンスの花が咲いたことも屡※[#二の字点、1−2−22]あり、詩人プーシュキンや文豪トルストイなどは、よくかうしたロマンスに取材して、有名な作品を残してゐる。第三に、そこには山間の到るところに温泉が出てをり、そして総ての温泉場は、以前のツァーの離宮や貴族たちの別荘と共に今ではみな民衆のものとなつてゐるからである。げにコーカサスこそは、老子の「小国寡民、其の食を甘しとし、其の服を美し
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