とし、其の居に安んじ、其の俗を楽む」と言へるものの模型と謂つて差支あるまい。私は宏荘な邸宅に住むよりも、小さな庵に住むのを好むと同じやうに、軍国主義、侵略主義一点張りの大国の一員たるよりも、かうした小国寡民の国の一員たることを、寧ろ望ましとする人間なので、これから先きの日本が、どうなるか知らないが、ともかく軍国主義が一朝にして崩壊し去る今日に際会して、特殊の喜びを感ぜざるを得ないのである。
 あゝコーカサス! 京都の市民の数倍にも足らぬ人口から成る小さな/\共和国、冬暖かに夏涼しく、食甘くして服美しく、人各※[#二の字点、1−2−22]その俗を楽しみその居に安んずる小国寡民のこの地に無名の一良民として晩年書斎の傍に一の東籬を営むことが出来たならば、地上における人生の清福これに越すものはなからうと思ふ。今私はスターリンやモロトフ等の偉大さよりも、窃に、これらの偉人によつて政治の行はれてゐる聯邦の片隅に、静かに余生を送りつゝあるであらう無名の逸民を羨むの情に耐へ得ない。[#地から1字上げ](昭和二十年九月一日稿)



底本:「河上肇著作集 第九巻」筑摩書房
   1964(昭和39)年1
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