スは、欧露と小亜細亜とを繋ぐ喉頸のやうなところで、南はトルコとペルシャに境を接し、東はカスピ海、西は黒海に面してゐる四十余万平方キロの土地で、その面積はほゞ日本の本土と同じであるが、(日本の本土は約三十八万平方キロ、戦前の総面積は六十七万五千平方キロであつた、)住民の数は僅に千二百万で、戦前の日本の総人口一億五百万に比ぶれば、殆ど十分の一に過ぎない。しかもそれが若干の自治州と七つの共和国に分れてゐるのである。小国寡民の地と称せざるを得ない。
 しかもこのコーカサスは、第一次世界戦争以前の帝政時代には、到るところに富豪貴族の別荘があり、ツァーの離宮もあつて、富豪や貴族が冬は避寒に、夏は避暑に訪れたところで、クリミヤ地方とともに、ロシヤの楽園と称されてゐる地方である。一般に園芸に適してをり、特に黒海沿岸では、非常にいゝ林檎や梨や桃を産するばかりか、バツーム市附近からは、蜜柑、レモン、橄欖の実などが盛んに産出され、葡萄も亦た沢山取れ、「新鮮な果物を食はうとする者は、必ずコーカサスへ行かなければならない」と称されてゐる。そればかりか、「絵を描かうとする者も、変つた人情風俗に接しようとする者も、
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